03/06/2026
【国は誰のために存在しているのか】
私たちは子どもの頃から、
「収入の範囲でやりくりしましょう」
「借金は返さなければいけません」
と教わってきました。
これは家計や企業であればその通りです。
収入以上に使い続ければ、いずれ行き詰まります。
だから節約したり、将来に備えて貯金をしたり、利益を増やしたりすることが大切になります。
しかし、国家財政もまったく同じ物差しで考えてよいのでしょうか。
ここに、私たちが見落としがちな大きな違いがあります。
なぜなら、家計と国家では「目的」そのものが違うからです。
家計の目的は、家族の暮らしを守ることです。
そのために収入の範囲でやりくりし、将来に備えて貯金をします。
企業の目的は、利益を上げることです。
利益が増えれば、企業としては成功と言えるでしょう。
では、国家の目的は何でしょうか?
それは、お金を貯め込むことではありません。
支出を抑えることでもありません。
国民が安全に暮らせること。
皆が等しく必要な教育を受けられること。
病気やけがをしたときに医療を受けられること。
災害に備えられること。
安心して働き、安心して暮らせ、子育てをし、穏やかに年を重ねていけること。
つまり国家とは、「利益を追求する組織」ではなく、「社会を維持し、人々の暮らしを支える組織」なのです。
そう考えると、国家財政を見るときに本当に大切なのは、
「政府の通帳残高はいくらか」
ではなく、
「国民が安心して暮らせているか」
ではないでしょうか。
税金についても、多くの人は「国の運営費を集めるためのもの」というイメージを持っています。
もちろん、その役割もあります。
しかし税金には、それだけではない重要な役割があります。
景気が過熱しすぎれば、それを抑える。
所得の偏りが大きくなりすぎれば、それを和らげる。
投機的なお金の流れを抑えたり、社会保障を支えたりする。
税金には、経済全体のバランスを整える役割もあるのです。
では、もし国家財政の目的が本当に「黒字化」だけだったらどうなるでしょう。
国民からできるだけ多く税金を集め、できるだけ支出を減らすことが正解になります。それが、正解でしょうか。
しかし、それによって国民の所得が減り、消費が減り、企業の売上が減り、経済活動そのものが弱ってしまったら、本末転倒ではないでしょうか。
国家の目的が国民生活を支えることなら、
「黒字だから良い」
「赤字だから悪い」
という単純な話ではありません。
本当に大切なのは、必要なところに必要なお金が回り、人々が安心して暮らせる状態が保たれているかどうかです。
私は、この議論を考えるときに最も大切な問いは、
「国は誰のために存在しているのか」
だと思っています。
もし国が国民のために存在しているのなら、財政を評価する基準も、
「国の帳簿が黒字かどうか」
ではなく、
「国民が安心して暮らし、未来に希望を持てているかどうか」
に置かれるべきではないでしょうか。
そんな視点で国家財政を見てみると、家計簿の延長線上では見えてこなかった景色が、少し違って見えてくるように思います。