岡村商店 日本茶部

岡村商店 日本茶部 茶農家から直接仕入れた茶葉を販売しています。

本の寄り道「ポップ・スピリチュアリティ メディア化された宗教性」堀江宗正 著, 岩波書店, 2019//有機、無農薬、在来、伝統、数値化出来ない農家の肌感覚技術や、土地ごとの特徴ある風土と空気感。こうしたワードとともに仕事をしていると、相性...
15/09/2026

本の寄り道

「ポップ・スピリチュアリティ メディア化された宗教性」堀江宗正 著, 岩波書店, 2019

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有機、無農薬、在来、伝統、数値化出来ない農家の肌感覚技術や、土地ごとの特徴ある風土と空気感。

こうしたワードとともに仕事をしていると、相性がよいのか、ときおり出会うのが「スピリチュアル」という言葉です。この言葉がどこから来て、何を意味しているのかはあやふやなまま接してきました。特にこれに附随するものとしての「パワースポット」「自然の力」「気」「大地の"エネルギー"」…こうした表現を、とくにお茶の香味を表現する際に使っている人を見ない日はないほどです。

私自身、こうした表現は使わないようにしてきました。自分の主観に基づかないし、解釈幅が広すぎて、たとえ同じ言葉で共感していても同じ体感を指しているとは限らないからです。

いずれにしても特に「スピリチュアル」は、それから距離を置こうとする人や、逆に日々の営みに取り入れ深みを追求する人など、好むと好まざるとにかかわらず日常的に、とくにSNSにおいて出会う言葉です。

私自身、うまく説明のできない不思議な出来事をこれまでに何度か経験しています。そのたびに、例えば「霊や先祖のはたらきかけ」が自分にも起きた、それを感知できるアンテナがあった「と思いたい」欲が働きます。

とはいえ、世間で「スピリチュアル」を冷笑する向きが多分にあることもわかっており、私のなかにもそういう部分がやはりあるのも事実です。「近寄るべきではない領域」と私自身は認識していました。

この本は「スピリチュアル」「スピリチュアリティ」といった言葉に、宗教学・心理学・大衆文化などの方面から光をあてています。過去から現在までの意味と広がり、変化を、特にオウム真理教事件から江原啓之氏のブームに至るまでを分析し、学術的に明らかにする試み。

読後、自分自身がいま感じている「距離をおくべきもの」という感覚がなにゆえ生まれているのかを少し理解できたと思いますし、一方でそれとの関わりを持たないことは恐らく非常に難しいと思えるほどに、グラデーションの幅広い考え方であることがよくわかりました。

「スピリチュアル」と聞けば好意的な反応がわきおこる人、拒否反応を起こす人、そのいずれのタイプの人であっても向き合う価値のある分析です。著者の目的はスピリチュアルに疑義を呈することではなく、その社会のなかでの拡散と変容を客観的に記すことです。

高槻市立中央図書館さん、蔵書にしてくれていてありがとうございました。(島本町民でも貸していただけます!)

おはようございます。月曜は休みです。月曜日だけ、近くの横断歩道で安全ボランティアをしています。旗をもって立っている人です🚩👨お宅のお子さんたちについて今一度確認してください。命にかかわります。・ほとんどの小学生(体感で9割以上)。横断歩道で...
13/09/2026

おはようございます。月曜は休みです。

月曜日だけ、近くの横断歩道で安全ボランティアをしています。旗をもって立っている人です🚩👨

お宅のお子さんたちについて今一度確認してください。命にかかわります。

・ほとんどの小学生(体感で9割以上)。横断歩道で左右をみません。
(私が立っているからこそだと思いますが。しかし「大人をあてにせず自分で左右をみなさい」と声をかけ続けています)

・ほとんどの小学生。9割ほどは挨拶を無視します。なにかと恥ずかしい年頃なのはわかりますし、さまざまに子どもたちの特性や心境、朝のダルさが相まっていることもわかっています。ただ、田舎と比較して島本町のようにそれなりに開発されている町において、挨拶を元気に返せる子の割合が有意に低いことはいつも気になっています。私も人間。挨拶を向こうから元気にしてくる子のことはやはり印象に残るので覚えます。返せない子は何回見ても顔を覚えられません。

・集団登校から遅れて来る子。急ぐあまり横断歩道でまったく立ち止まらない場合も散見します。

・中高生になると、不思議なことにほとんどの子が挨拶を返してくれます。一対多数の集団登校ではなく「一対一のチャンネル」が明確だからかもしれませんね。

・自転車に乗っている高校生。スマホをみながら交差点に進入する子はそれなりにおります。何かあってからでは遅いです。

・出勤や子どもの送りでお急ぎの大人の皆さま。ノーブレーキで交差点に進入したり、集団登校の列に割って入って通り抜けようとしたりする方はそれなりにいます。

うちではオムライスの際、ケチャップで遊ぶ。娘が「ルナシー」と書いてきたので、BTSのかわりに「防弾」と(少し危なっかしい言葉を)書くと「わかってんやん、お前」みたいな顔で、肘で僕の横腹を小突いた。防弾は「バンタン」と読むそうだ。さすが隣同士...
10/09/2026

うちではオムライスの際、ケチャップで遊ぶ。娘が「ルナシー」と書いてきたので、BTSのかわりに「防弾」と(少し危なっかしい言葉を)書くと「わかってんやん、お前」みたいな顔で、肘で僕の横腹を小突いた。

防弾は「バンタン」と読むそうだ。さすが隣同士、読み方が似ているのだ。というかボーダンもバンタンも中国語の発音がもとになっているのだろう。(中国語ではファンダンだ)

「新聞紙は韓国でもシンブンシだよ」それを20年前、大学の写真部で教えてくれたあの女の子は元気だろうか。それだけのことでどれほど朝鮮に暮らす人々を近しく感じたことか。

ところで茶は3カ国いずれにおいてもチャであるうえに、関西弁でいうところの「ちゃぁ」(後ろが上がる⤴︎)は中国語と同じであるところは見逃せない。

さて娘が「肘で小突く」というアクションを身につけていることにびっくりした。頭突きでもなく、肩を手で打つのでもなく、肘でやるあれには、独特の意味がある。

最近は11歳でも肘で小突く時代なのか。いろいろとませているものだな。僕はそんなアクションをしたことがない。

色々と進みすぎていて、進んでいるのか後退しているのかわからない。AIもそのひとつ。きょう病院の待ち受けで、知らないおっちゃんが電話を切ったあと、おっちゃんの声をすかさず拾ったAIが「すみませんが私には理解できません」と発した。

おっちゃんは反射的に「お前に言うてんのとちゃうわ、アホ」と周りに聞こえるボリュームで言い返した。このとき僕はこれまでのどのときよりも、人の生活や認識のなかに、AIがすんなり入り込んでいることを実感した。

帰り、おっちゃんと細い通路ですれ違った。AIには強面の様子だったのにこのときは腰が低く、互いに頭を小さく下げながら道を譲りあう。

きょう親知らずの抜歯だと思っていたのに、検査だけで終わった。せっかく勇気を出して大きい病院に来たのに、もう抜くのが嫌になってきた。肩透かしで店に戻る。

外に出たら無意識的にイヤホンをつけて音楽を聴いてしまう生活を続けてきたけれども、最近思うところあって何もつけずに歩くことが増えた。福祉の仕事あがり、歩いて帰宅する。そうすると街の音がいろいろしていて、いやそんなことは当たり前なんだけども。雨...
09/09/2026

外に出たら無意識的にイヤホンをつけて音楽を聴いてしまう生活を続けてきたけれども、最近思うところあって何もつけずに歩くことが増えた。

福祉の仕事あがり、歩いて帰宅する。

そうすると街の音がいろいろしていて、いやそんなことは当たり前なんだけども。雨もあったせいか今夜の空気は秋をぐっと引き寄せたような気持ちのよさ。秋が鳴っている。僕は名前にアキが入っているので昔から秋が好きだ。温暖化のあおりで秋が短く、つらい。

明日、妙な方向に生え続けている親知らずを取り払う手術を受ける。歯の治療が嫌なあまり、幼稚園児の頃は歯科で暴れて過呼吸になったことがある。思いっきり言葉と体で気持ちを主張したのは、いったいいつが最後だろう。

親知らず。思えばずっと口の中で横を向いて、それなりに咀嚼を助けてきてくれたのか、ただそこにあって食べかすが詰まりやすい環境を用意し続けてきたのか知らないけれども、いよいよ長年の付き合いも明日で終わるのかと思うと惜しむ気持ちも湧かないでもない。

親知らずにとって最後の晩餐となる今夜の料理、いつもより多い目にこの歯のほうへ食べ物を運んで、ぞんぶんに自分にも役割があったことを噛み締めてもらいたい。歯だけに…

そのようなわけで明日は口が痛くて店にいてもしゃべらないかもしれません。頼むぞ口腔外科。

🦷

お茶に疲れたあなたへ「いろいろなお茶があるから目移りするけれど、結局のところ飲めるものは、案外限られているんだよね」と、ある九州の生産家が言ったことがある。僕も、そう思う。“新しい価値”の創造、発掘、開発。そして普及、宣伝、販売。取ってつけ...
07/09/2026

お茶に疲れたあなたへ

「いろいろなお茶があるから目移りするけれど、結局のところ飲めるものは、案外限られているんだよね」と、ある九州の生産家が言ったことがある。

僕も、そう思う。

“新しい価値”の創造、発掘、開発。そして普及、宣伝、販売。取ってつけたような目新しさを、外観にも中身にも求められがちな昨今。通販が当たり前だから少し探せば無数のお茶に出会うことができる。

買い、試し、評価する。ああでもない、こうでもない、と論ずる。いつしか記憶の物置の隅の方にそのお茶のことは片付けられ、次のサンプルを求めてみんながうろうろしているように見える。それこそが楽しさ、趣味という見方ももちろんあり、否定はできない。

けれど一方で、迷子になっている人が少なからずいることを、販売者という立場上、たまたま知り得ている。

何がおいしいのかわからない。何がいいものなのかわからない。わかったような人はたくさんいるのに、私の感覚は貧しいのだろうか…

そんなふうに言いたげな方々がたくさんいる。

僕はそういう方々こそ正直で、よりつぶさに物事を感じておられるのではないかと思っている。過剰な選択肢とそれぞれのプロモーションの洪水にまるで溺れるようにして、次第に疲れていくのだと思う。そのことを正直に訴えてくれている、ように見えている。

あらゆることが過剰ないま、みんなが何かに安心したい。安住の場所を求めている。シンプルに、気持ちよく生活してみたい。でもそれが何なのかはわからない。ひとつには、いたずらなアテンションエコノミーがそれを許さないからだ。次はこれ。次の刺激はこれ。もっとたくさん、もっと強く、早く、短く、便利に、合理的に、人を出し抜け。そのためにスクロールと決済を緩めるな!

そんな社会で、本来はゆとりや安らぎとともにあるはずの日本茶の販売者は、選択肢の深みに相手を突き落とすのか。それとも日々決まって味付けもなしにぱくぱく食べられるお米のようなものを提示するのか。

前者は前向きに捉えれば趣味性を高めることに繋がるし、後者は変化を望まない癒着に近いともいえそうだ。多面性がある。しかしいま世の中で、後者は信じられないほどに弱い。変わらないことを資本主義は嫌うからだ。

目を閉じても淹れられそうなほどに永く慣れ親しむことになるお茶は、ばらまいた茶葉のなかからたったひとつの一枚を探し求めるように難しいと思えるかもしれないけれど、実のところはそんなことはない。

もしあなたが実家や祖父母の家でお茶をかつてよく飲んでいて、しかしお茶をより広く知ろうとして無数の選択肢にとりかかった結果、何が美味しいのかよくわからなくなっているとしたら。

かつてよく飲んでいたときのこと、つまりお茶が生活と分かち難いもので、切り離してあれこれ眺めたりするのではなく、もっと自分の懐に近いところにあったときのことを思い出してみたらいいのではないかと思う。そのときの情景、時間がどんなものであったかを思い出すことが、ひとつの「これ」というお茶とのつきあいに繋がるのではないかと思う。

こんばんは。岡村商店の日本茶担当、夫のほうです。昨日に引き続き、番茶のご案内。通い続けている滋賀県日野町は満田さんの「焙じ番茶」をどっさりと入荷しました。3月に刈り取る「春番茶」が原料です。秋冬を越し成熟している状態の硬い葉で、強焙煎を経て...
04/09/2026

こんばんは。
岡村商店の日本茶担当、夫のほうです。

昨日に引き続き、番茶のご案内。
通い続けている滋賀県日野町は満田さんの「焙じ番茶」をどっさりと入荷しました。

3月に刈り取る「春番茶」が原料です。秋冬を越し成熟している状態の硬い葉で、
強焙煎を経てこんがりと仕上がった番茶。皆さんの「番茶のイメージ」に最も近いものかもしれませんね。
とりあえずお茶を飲みたいという気持ちに楽に応えてくれるオールラウンダーです。

さてこの番茶、3月につくると書きました。でも広い意味でのお茶づくりはもう始まっています。

現在茶畑は年間を通して最も草の勢いが強まるシーズンの最中で、少し放置しておくと
畝の中から伸びてくるいろいろな植物、たとえばスズメウリ、ヘクソカズラ、野芋、ヤブガラシ、笹、竹、メヒシバ、シダなど…が
あっという間にお茶を覆い尽くしてしまいます。

お茶は強靭な植物なのでこれで枯れるわけではありません。でも光合成の自由を奪われてしまいます。
葉が光合成を行い、その栄養は根に送られ生長を助け、その根が吸収した養分と水分が次の芽の生長のもとになる…
寒くなると休眠に入り、春まで活動が止まります。

このようにお茶の根と葉は交互に生長するとされており、夏の光合成を阻害されてじゅうぶんに代謝ができなかった場合、
貧弱な状態で秋冬を迎えることになります。それはそのまま春番茶の、とくに収穫量を左右するのです。
もっといえば、春番茶を刈ったあとに残っている部分を「台葉」といい、そこから新芽(一番茶)が出るのですが、
台葉が充実していることも一番茶にとって大切です。

こんなふうに永年作物であるお茶は、ある時期の作業がずっと先の状態に深く関わっていることがわかります。
ぜえぜえ言いながら草をとるばかりの今の作業も、もう来年の春をうらなう大切な仕事というわけです。

お茶が伸びてくれないことには一切の仕事が始まりません。
人は核兵器を作る技術を持っていながら、今のところはたった一枚のお茶の葉すら作ることができないのですから。

おはようございます。岡村商店、お茶担当です。しばらく品切れをしていた政所平番茶(まんどころ ひらばんちゃ)、このたび東近江市杠葉尾町の福井さんからお預かりしてご紹介します。政所の山形さん、君ヶ畑の小椋さんのもこれまで紹介してきましたが、いろ...
02/09/2026

おはようございます。
岡村商店、お茶担当です。

しばらく品切れをしていた政所平番茶(まんどころ ひらばんちゃ)、
このたび東近江市杠葉尾町の福井さんからお預かりしてご紹介します。

政所の山形さん、君ヶ畑の小椋さんのもこれまで紹介してきましたが、いろいろ手にとってもらいたくて。

オンラインでは昨日水曜から、店頭でも本日木曜から販売開始。

気兼ねなくすいすい飲んでほしいから、従前90gだった内容量を100gに変更。
価格もこれにあわせて調整しました。ご了承ください。

番茶は、摘採の時期、製法、外観、風味など、
同じカテゴリーのお茶としては最もバリエーションに富んでいます。

そもそも番茶とは、硬葉、茎、枝など、つまるところ「やわらかい葉ではない部分」を
主に使って製造したお茶の総称です。「ガサガサしているお茶」と言っていいかもしれません。

平番茶は「長時間の蒸し」「揉まずに乾燥」「焙煎なし」の3点が柱となって独自性を持つお茶です。
栽培面でいえば実生在来種、無農薬有機栽培ですので、非常に希少な条件が揃っています。

茶葉の野性味をシンプルに。地方色が強いため殆どの方には馴染みがない風味かもしれませんが、
すっと生活導線に入ってきて居座ってしまう人懐こさには定評が。

さて番茶は流通価格が一般に低く、低級のお茶とみなされがちです。
しかしそうとも言い切れません。風土が非常に色濃く表現されるものも多いため、
特定の土地で継がれている手法そのもの、生活に結びついた存在そのものに値打ちがあります。

本来、そうしたカルチャーは値踏みするものではないと思います。

しかしながら私たちは、望むと望まざるとに関わらず、都市と農村、「ここ」と「地球の裏側」が、
お金、流通、情報網によって距離とは無関係に結びつく世界に生きています。
値札に書かれた数字がそのままモノの値打ち(とされています)。

強固なその仕組みに少しでも抗って針穴をあけるには、その仕組みを利用するほかないと私は考えています。
つまり、番茶のように価格的な値打ちが低いとされてきたものについて、
別な角度、別な思想の光をあててあげることによって、(もともとあったはずの)別の価値を浮かび上がらせる。

端的にいえば番茶をこれまでより高く売り、生産側へ還流していくことを目指しています。
それが生産をつなぎとめる一助になり、衰退とは別な未来が見えるかもしれないなら、喜んでそうしたい。

一方、私のような販売者はその希少性や物語性に依存するばかりではいけません。
珍しさだけで値段をつけるのは私は嫌いです。

これまでの茶業界が、番茶の値段を相対的に低く見積もってきたことにも意味があります。だから決別ではなく、「もうひとつ、こういう見方もいかがでしょう」と提示するような気持ちでいます。

どこまでいってもお茶は口にし、体に入れるもの。
最後の一手は必ず、おいしいかどうか、です。

午後からは秋を感じる爽やかな空気も、畑のそこかしこに吹き抜けました。9月最初の草引きは5人体制で作業。いろいろ書きたいことはあるけれど、ひとたび目を閉じれば眠りに落ちそうな夜。すっきり疲れていい日でした。次は9月11日(金)です。
01/09/2026

午後からは秋を感じる爽やかな空気も、畑のそこかしこに吹き抜けました。

9月最初の草引きは5人体制で作業。いろいろ書きたいことはあるけれど、ひとたび目を閉じれば眠りに落ちそうな夜。すっきり疲れていい日でした。

次は9月11日(金)です。

9月1日 援農募集こんにちは。岡村商店です。今回は援農ボランティアのご案内。9月1日、七十二候でいうところの天地始粛…天地はじめて粛とす。ようやく暑さが落ち着くころを指すそうですが、気温はまだまだ30度超え。★お願い★援農の参加とメーリス登...
27/08/2026

9月1日 援農募集

こんにちは。岡村商店です。
今回は援農ボランティアのご案内。

9月1日、七十二候でいうところの天地始粛…
天地はじめて粛とす。ようやく暑さが落ち着くころを指すそうですが、気温はまだまだ30度超え。

★お願い★
援農の参加とメーリス登録は原則的に私と面識のある方に限らせて頂きます。
本件について生産家への問い合わせはお控えください。

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滋賀県日野町の満田製茶で、無農薬有機栽培の実生在来種のお茶づくりに関わってみませんか。
在来種を有機で、かつ広い面積で継続している生産家は現状では稀有です。独特の製造技術を守るおいしいお茶…ですが無農薬の継続に黄信号な近年。

30年続いてきた無農薬栽培を、次の10年へ。無農薬が体にいいかどうかは議論の余地がありますが、無農薬栽培のための作業は体をいっぱい動かして心身ともにスッキリ。健康そのものです。

作業のご案内は主にメールで差し上げていますが、ときおりこうしてSNSでも告知します。
もしメーリングリストに登録をご希望の場合は、アドレスをそえてメッセージを下さいませ。

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以下、次回作業のご案内などです。
体力や適正に応じて臨機応変に分担を割り振ります!

1. やぶがらしの除去
全面積の1/4に繁殖するやぶがらしを「出てきたらすぐ取る」ようにしています。
光合成をさせず根を徐々に弱らせる作戦です。

2. 笹を刈る
近年一気に増えつつある笹を、長い鎌で地際から刈ります。

3. つる植物を剥がす
ヘクソカズラやスズメウリといった植物が茶を覆うように広がりつつあります。
実をつけて落とす前にこれを取ってやらねばなりません。

以下、概要です👩‍🌾👨‍🌾
ご参加くださる方はメッセージをお願いします!

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9月1日(火)8:00~17:00(ご都合のつく時間帯だけでも)

・休憩について
 かなりこまめに、随時、どんどん取ります。取り過ぎなくらい。

・交通手段
  現地集合 / 日野駅まで送迎 / 岡村の車に乗合い(島本町発着)
  ※いずれかご都合にあわせてご協力をお願いします。乗合の場合は交通費の折半をお願いします。

日野駅の場合は、8:00ごろに到着するダイヤがあるのでそれに合わせていただけると有り難いです。

・費用
 500円をお願いします。昼食と万が一の保険費用込み。

・持ち物:
 水筒、帽子(できればツバがあるもの)、涼しい長袖長ズボン、長靴下、タオルたくさん、汚れてもいい靴、手袋、着替え。

注意:

・虫と日光対策として、肌の露出がなく、熱をためこまない白い服がおすすめ。
・香水や柔軟剤などのにおいは蜂を刺激します。控えてください。
・熱中症には「気にしすぎなくらい」気をはらってください。「もう少しがんばろう」と思ったらもう休むサインです。

日野は今ではお茶のために毎週通う場所だけど、もともとは母方の祖母のふる里だ。だから子どものころは地蔵盆のときなど年に1回は必ず行った。島本町は大阪府にしてはそれなりにのんびりした町だけれども、日野は更に絵に描いたような田舎。田園風景、木造の...
23/08/2026

日野は今ではお茶のために毎週通う場所だけど、もともとは母方の祖母のふる里だ。だから子どものころは地蔵盆のときなど年に1回は必ず行った。

島本町は大阪府にしてはそれなりにのんびりした町だけれども、日野は更に絵に描いたような田舎。田園風景、木造の日本建築、きれいな用水路、広い平野と遠くに見ゆる鈴鹿山脈。なかでも僕の気をいちばん引いたのは、集落の中心にある消防団の車庫と、そのシャッター上に取り付けられた巨大な電球だった。盆の時期になるとその赤い電球はとても明るく光っていて、しかし周辺には大して街灯もなく独特の雰囲気だった。用水路の水量は多く、どこからか流れてきた大きな金魚がいつもそこにいて、ときどき山から猟銃の音がする…それが僕にとっての「田舎」の空気だった。

一方でそんな田舎の食べ物といえば、真っ先に思い出すのがスイカ。日野に帰ると、そのころはまだ健在だった曾祖母はお百姓だったから、米でも野菜でも何でもあった。昼ごはんのあとのおやつの時間となれば、必ず畑のスイカが出てきた。当時、僕はスイカが嫌いだった。手が汚れる。種を吐き出すのが面倒くさい。それに、ほかの甘いお菓子に慣れていたから、スイカって中途半端に甘いキュウリのようなものだった。そんな嗜好をもった僕にとってはおやつでもなんでもなかったが、ひいおばあちゃんは「さあ、上等のおやつですよ、お食べなさい」みたいな顔をしているし、丹精込めて育てた家のスイカだし。露骨に嫌がるのは失礼というわけで、ひと切れ食べておしまいにするのだった。そして、スイカよりスイカバーのほうが好きな大人になった。

そのころから30年ほど。お茶のために日野に通う日々。去年の夏からは週に一度はなるべく通って農作業をしている。当然、夏の炎天下の茶畑は、本当に暑い。どこまで行っても目の前にはお茶と草しか現れないので、AIで生成した無限ループ動画みたいに前後不覚な気分がしてきたら、それもう熱中症の黄信号。

思っている以上に頻繁に、そして長く休憩をしないと熱中症になる。余談だけれども、熱中症は「そろそろ休憩しよう」と思って椅子に座ったり冷たいものを飲んだりしているときに症状が不可逆に進行することを知っておいてほしい。急に血圧が下がって顔が青くなったり、気持ち悪くなったりする。だから、外作業などをしていて「もう少し頑張ろう」と思ったら、そのときすでに後戻りできない状況に入っていることもあるので、まだ調子のいいときに休憩を率先して取るのがおすすめ。間違っても「暑くても休憩少なめで頑張れる俺様」みたいな態度で挑むのはおすすめできない。たいへんな結末を招くかもしれない。

そんな真夏の農作業の合間に、満田さんたちがよくスイカを切って出してくれる。ここで現園主よりも長く働き続けている近所の大ベテランで、ご自身もお百姓として米や野菜をつくるHさんの差し入れだ。そんな真夏の農作業の合間に食べるスイカがおいしい。最初は中心部分に近いから甘くて、だんだんとこざっぱりとした味の皮に近づいていく。麺類にならび、スイカは食べるときにやかましく音を出してもいい稀有な食べ物のひとつである。じゅるじゅる食べていると、不思議なほどに素早く体をすうっと冷やしてくれる効能は、冷たい水やお茶、ジュースにアイスであっても代替できない。とにかく体感として、スイカはとても体が冷えるのだ。そのことに、農作業に定期的に関わるようになってから初めて気がついた。

スイカがおいしい。舌にも、体にも。ただし、それが本当にしみじみ感じられるのは、労働して火照った体で味わうときだけだ。スイカを2切れほど食べて、ちょっと扇風機にあたって談笑したなら…ちょっと麦茶でも飲んで働こうかという気持ちになってくる。

この夏、そんなスイカの美味しさに改めて気がつき、そしてひいおばあちゃんの面影を何度も思い出している。百姓だったから、外でよく働く人だったのだ。だから真夏の昼といえば、体は当然火照っているものであり、そんなときにスイカがいちばんいいことを誰よりも心得ていた。それゆえ、ひいおばあちゃんはスイカばかり出して我々を慮ってくれていたのだ。ただ、僕がシティボーイで「真夏の体の火照り」をあまりわかっていないことには気がついていなかったのかもしれない。

テレビゲーム少年だった僕、おばあの気持ちなど知るよしもなくスイカを避けていた。大皿に大量のスイカを盛ってくれるが、結局大阪勢はあまりそれに手をつけない。それなりに余ったそれを台所へ下げていくひいおばあちゃんの姿を何度も思い出しながら、おいしいおいしいとスイカにかぶりつく夏。奇遇なことに同じ町、日野である。もうひいおばあちゃんには会えないから、スイカの水くささが今は痛い。

住所

2-3-9, Minase, Shimamoto-cho
Mishima District, Osaka
6180014

アラート

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