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商店街で考える(77)祖業つい先日まで真夏日、猛暑日といって、その暑さに対応するだけで一日の体力を消耗していたが、あっという間に薄ら寒さまで感じる気候に移ってしまった。食欲も知識欲も旺盛になる秋はどこに行ったのか。一年を通じて四季を楽しむこ...
18/11/2024

商店街で考える(77)祖業

つい先日まで真夏日、猛暑日といって、その暑さに対応するだけで一日の体力を消耗していたが、あっという間に薄ら寒さまで感じる気候に移ってしまった。食欲も知識欲も旺盛になる秋はどこに行ったのか。一年を通じて四季を楽しむことは難しくなってきたのか。

秋は愁いの季節でもある。熟思黙想し、自身を取り巻く状況を冷静に把握し、歩むべき道を見極め、いかに行動に移すか、しっかり考える。夢ばかりを追い続け、微熱を高める痴心妄想の春とは違う。そう考えると秋はリアリストの季節である。プチ・プラグマティストを標榜する私にとって居心地のいい季節である。

昔、JREITが上場する前後の時期、商業施設のデューディリジェンス業務に携わったことがある。REIT(不動産投資信託)を構成する投資物件のアセットタイプはJREIT上場時期には取得原価や周辺相場などでおおむね収益性を判断できるオフィスビルやマンションがほとんどであった。不動産という事業環境をいかに活かして運営し収益を上げる商業施設などが対象となることで、事業者(商業者)の営業状況や根拠付ける商業ポテンシャルの状況などの調査分析が必要となり、不動産鑑定士と連携してこうした業務を実施していた。

誰もが知っている地域を代表する隆とした商業施設ばかりでなく、バブル経済に乗って投機に走り商業としての行き場を失った困難な商業施設のデューディリジェンスも数多く行なった。不動産投資家がボロボロの商業施設をヒトヤマいくらで買いたたき、バルク買いした商業施設の中からいくつか再生可能っぽい物件を抽出し収益性物件として見栄えを整えるだけの厚化粧をして他者に売りつけて利ざや(といってもけっこうな利ざや)を稼ぐ。今思えばバブル期の不動産転がしを少し理屈っぽくした仕事の片棒を稼いでいたようだ。

調査分析業務は殊の外面白かった。販売や運営に関わる事業報告書の事業性分析はもとより、店長や部門長、最前線の販売スタッフなどへのヒアリング、売り場の丹念な実査、商圏の数的分析と競合施設の営業状況把握など商業の現場の視点で実務実態調査分析を行なった。調査対象店舗は営業成績が振るわない店舗であるため、妙な噂が広まることを避けて来店客にはヒアリングしていない。悉皆調査、全体調査、総合調査を旨とする私にとって退店客のファクターが欠けるのは一点の陰りとなるが致し方ない。店内での来店客の動作・行動とレジかごの様子から類推した。

商業施設の事業ポテンシャルと事業実態に関して要点を的確に押さえたいいレポートになっていて、経営改善に役立てることができると自負している。しかし提出先は事業者ではなく投資家である。すべてが投資リスクと金融商品化の可能性の観点から取り扱われる。一抹の寂寥感を感じてしまう。

対象商業施設は年間小売販売額が数十億円程度と判断される規模の大きな施設がほとんどであった。店長や部門長にヒアリングするといずれも目標売上は即答するものの、対象商圏やターゲット客層については答えられない。競合が想定される近隣店舗への実査も行なっていない。商業者であればこれら内容は基本情報として把握し分析して販売戦略、販売計画に反映するはずである。

店長が検討していないということは、本社本部からの指示もなく、商業施設開発の段階でも目標売上のみの設定だけで、裏付けとなる店舗開発・運営計画は立案していないのではないか。私が担うデューディリジェンスの対象は経営主体ではなく、あくまで商業施設に対する事業性評価であるから、本部関係者にこうした実態を確認することはなかった。

ここからは私の勝手な臆測であり、確たる裏付けはない。この点ご容赦願いたい。知恵の浅い商店街のオヤジの戯れ言である。

数十億円程度の年間売上高を上げる大型店舗をいくつも展開するGMS事業者などは販売機会を増やすことで事業拡大を進めた。事業拡大は多店舗化と店舗の大型化により実現する。店舗展開に際して自ら土地を取得し建物を建てる不動産投資を伴う方法と、テナントとして建物賃貸借する方法がある。高度経済成長やその勢いが残っている消費拡大時期には競合企業間で競って店舗開発・新規出店を行なうが、賃借する建物が現われるのを待つだけでは出店機会を確保できない。借入を起こして自ら土地を取得し営業に見合う店舗を建築して店舗展開を進める。

借入を起こすには大きな経営判断が必要である。長期に渡り店舗営業を続け、利益をあげて金利を負担し、借入金を適切に返済していかなければならない。小売はその名の通り「小さな販売取引」であり、コツコツと飽きることなく販売を続けて利益を上げることである。地道で地味な業態である。最寄品のシェアが大きいGMS業態は一生懸命「商う」こと自体を喜びとする人たちが大きくした業態である。

ところが土地を買い建物を建てて店舗運営を行なってみると、意外なことに気付かされる。時代は土地神話が謳歌していた。店舗開設のために買った土地の資産価値がいつの間にか上がってしまっている。新たな店舗を開発しようと店舗資産を担保として借入を起こそうとすると、担保価値が上がっているのでとても楽に借り入れることができる。続けて店舗を開発する際も、取得済みの店舗資産が総じて価値が上がっているので、さらに土地を買いやすくなる。貸借対照表上の資産の部はみるみる拡大し、あっという間に大企業になってしまった。

「小売」を「商い」続けて、コツコツと損益計算書上の利益を重ね、企業の成長に努力していたが、土地の地価高騰が早さも大きさも圧倒する規模で企業の成長を押し上げる。

不動産ってめっちゃ儲かるじゃん!

勇気と覚悟を持って土地を取得したが、建物を建てコツコツと商いを続けて利益を上げる前に、土地の含み益で企業規模は急拡大する。販売機会を得る店舗開発・運営のために土地を取得することから、含み益を求めた土地投資のために方便として店舗開発をする。さすがに目標売上ぐらいは設定するがその具体的な販売戦略・販売計画は立案するのは面倒に感じるばかり。企業業態が小売業者から土地投機家に変わってしまった。

バブル経済が崩壊し、バブルに踊った土地価格も急落する。土地を持っているだけですべてがうまく回っていた歯車が軋みだし、逆回転を始める。融資の基軸は不動産担保にあり、不動産価値の下落は、金融業界、ひいては日本経済全体に大打撃を与える。シュリンクした不動産を不動産証券化でなんとか立ち直らせようとした。その重要な救済施策の一つがJREITである。私が商業施設のデューディリジェンスに携わっていたのはこの時期である。

デューディリジェンス分析の対象となるバルク不動産に含まれる大型量販店はGMS業界の覇者として跳梁跋扈していた大手企業が所有していたものが多かった。しかし私が担当する物件の中にイトーヨーカドーとイオンの関連商業施設はなかった。両社はともに建物賃貸借を中心とした店舗開発を行なっており、小売業務に集中する小売業者としての矜持を感じさせる企業である。(これは西暦2000年前後の状態であり、その後GMS業界の状況をアップデートしていない。いずれもショッピングモール業態を持っているので状況は変わっているかも知れない。)

話しは急展開する。

商店街のオヤジになって今月で10年になる。小売業の面白さを楽しむとともに、厳しさ、難しさを痛感している。コロナ禍ではふさわしい営業成績を収められない言い訳ができたが、新型コロナウィルスが5類感染症に移行した昨年春以降も低調に推移している。今夏の猛暑の言い訳も10月にはいると言えなくなり、それどころかいっそう厳しさが増して来ている。本格的な消費不況が到来しているのかも知れない。

私はイトーヨーカドーは小売という仕事を極めようとしている会社だと捉えている。土地バブルにも浮かれることなく小売業を本業として邁進し、集中し、没頭する。かっこいいなー!けれんみのない売り場はもうすこしシャレが効いた方がいいと思うこともあるが、小売業界のリーダーとして目指すべき店舗のあり方を体現している。イトーヨーカドーは私の憧れ、偶像、いや現人神だ。マンマンチャン、アン!(関西人しかわからないかな~ 簡裁の子供が願いや感謝を伝えるとき口にする呪文である)

ところがそのイトーヨーカドーが親会社であるセブン&アイホールディングスのお荷物であり、中間持株法人に移管し投資会社に売却するといった噂があがる。

イトーヨーカドーはセブン&アイホールディングスの「祖業」であるが、大きく時代が変化するなかで祖業に拘り続けることは頑迷固陋、因循姑息の典型のように語られている。私も前例踏襲にこだわり新たな変化を否定し続けることはふさわしくないと考える。

「祖業」は因習ではない。自分たちがどのようなことをどういった人たちに対して行なって、いかにふさわしい社会へと変化させていくか、強い志を「仕事」として具体化したものである。沸き立つ情熱を他者にもわかるように行動に転換し、共感を得て、社会の一部として機能し続ける。祖業は理念、信念、情念、夢といった形而上の概念を具体的な行動様式に還元したものであり、利益を得るためだけのマネープランではない。

祖業を形成する「志」を維持しながら、時代の変化に応じて融通無碍に変革することは大切である。しかし事業について利益を上げるだけの導管体と見なすのであれば、イトーヨーカドーの場合は消費者も、従業員も、おそらく過半の経営者も、株主・投資家以外のほとんどのステークホルダーは心が離れていくだろう。不調に陥った商業施設が不動産証券化を通じて商業機能を再生した事例がないのは当然のことである。

ここに来て、イトーヨーカドーを含む中間持株会社を創業家と商社によりMBOをかける話が出てきた。祖業の理念や夢を引き継ぐ上ではとても好ましいスキームである。ぜひそうあって欲しい。塞いだ気持ちが大いに晴れやかになる。

人生悪いことばかりではない。

弊社は「祖業」といえるほどの事業実績を積んでいない。経営コンセプトは会社設立時に掲げている。『地域ポテンシャルを地域ビジネスに変え豊かな地域の暮らしを実現する』改めて示すとなんとも大言壮語の極であるが、志節堅固に努めたい。

憧れのイトーヨーカドーの復活にあわせて、弊店もがんばるぞ!エイ、エイ、オー!

東京徘徊(池袋・晴海)酷暑の想い出7月・8月は酷暑をまともに受け、人生で一番の夏バテだった。出店する商店街は東西に一本道を形成し、夕方は西日がほぼ直線的に街路に射し込み、来街の人たちは目を細めて歩かなければならない。弊店は街路の南側にあるの...
06/09/2024

東京徘徊(池袋・晴海)酷暑の想い出

7月・8月は酷暑をまともに受け、人生で一番の夏バテだった。

出店する商店街は東西に一本道を形成し、夕方は西日がほぼ直線的に街路に射し込み、来街の人たちは目を細めて歩かなければならない。弊店は街路の南側にあるので店内にまで陽は射さないが、店頭に陳列する商品はまともに陽を浴びて商品が劣化する。比較的買いやすい袋菓子を陳列しているが昨年は劣化により廃棄したものもけっこうあった。今年は昨年を上回る酷暑でありかなり控えめな陳列となり、店頭の賑わいは打ち出せなかった。

オープンモール(アーケードのない)商店街なので、天候の影響をまともに受ける。雨や風が激しいとお客様は少なくなるが、1週間ずっと続くことはない。酷暑は2ヶ月続いた。「外出を控えたい」暑さは路面店には恒常的な打撃を与える。弊店は9割以上地域の特産加工食品を売っている。暑さで食欲を失ったお客様は購買意欲も萎える。いつもは『これ絶対おいしいヤツ~!』と声をあげてくださるお客様いるが、さすがにこの2ヶ月は聞かなくなった。せっかくだからとアイスバーやドリンクを買ってくださるばかり。

さすがに10年も商店街のオヤジをやっていると酷暑の2ヶ月の在りようは予想できた。小売業は基本的に“待ち”のビジネスである。購買意欲や購買頻度、購買額を高める工夫はしなければならないが、MDやストアマーケティングで抗ずることのできない気候環境である。

対策は打った。弊店では毎月、地域や商品カテゴリーのテーマを掲げで、店頭でフェアイベントを催す。7月は「北海道なまらうまいっしょフェア」、8月は「沖縄まーさんフェア」を実施、ともにテッパンの地域カテゴリーである。

結論から言うと営業成績はパッとしない。売上高は前年対比でかなり下がった。来街者数、来店客数の低下を予想し、客単価の向上、つまりいつもよりちょっと贅沢な特産品を揃えて売上高を確保しようと考えたが、戦略に誤りがあった。弊店は地域の日常生活にある最寄品をMDとしており、地元の小売価格にあわせたお求め安さを打ち出した販売に努めている。このためご婦人のお客様から支持を得ている。

今回のちょっと贅沢品は海産物、地元前浜で上がったタコや鮭を旨みそのままに冷凍したもの、素材の良さにこだわった干物、乾き物を取り集めた。ターゲットは中高年の男性客である。食べ歩きの商店街として名を馳せている当商店街では酎ハイ缶を片手に機嫌良く商店街を散歩する方も多く、ちょっと気が大きくなったオヤジさんが『ウィ~、これはうまいのを俺は知っている、買っていこう』と上機嫌で買い上げてくださる。隣の奥様が眉間にしわを寄せると、漢の沽券の発現に火がつき、意地でも買いに走る。弊店の姑息極まるマーケティング戦略である。へへへ、、、。帰宅後こっぴどく怒られるんだろうなあ。本当に申し訳ない。お父さん、ごめんなさい。

よく考えると、コロナ禍明けの客層で、こうしたお父さん客は格段に減ってしまっている。食べ歩き客も減少し、酔客は本当に少なくなった。酷暑のせいもあるが、お父さんの懐具合が大きな原因である。お父さん客狙いの商品がピクリとも動かない。

私自身、店頭に立つことが楽しく、お客様の動向をしっかり見聞きしている。今回はオヤジである私が欲しいと思うものを揃えてしまい、マーケッターとしての冷静さを欠いてしまった。とても恥ずかしい。スタッフから冷たい目線を感じている。

これもすべて夏バテのせいなのだ!

8月のお盆明けに、4日間夏季休暇を取った。どこかにレジャーに出掛けるわけでもなく、午後に店の事務スペースに出て今後の事業構想を練っていた。午前中いっぱい自宅で休み、4~5時間程度の業務に止まる。大分活力は回復してきた。

今回は反省文の回だったが、実は裏で地域特産品流通に関し刮目すべき理解を深めたと自負している。これについては改めてお伝えしたい。

先日、商談会を連チャンした。池袋と晴海、広い会場なのでとにかく歩き回りヘトヘトになる。以前だったら腰が引けて出向かなかっただろう。体力とあわせて気力もかなり戻ってきた。

今月は「瀬戸内ぶちうま!フェア」を開催し、多くの商品が集まってきている。お父さん用商品は1割程度。しかもお手軽価格で、お母さんのお許しを得やすいものばかり。楽しいお買い物ができると思う。

さあ、いらっしゃい!どれもおいしいよ!

地域ビジネス行脚(9)(盛岡・秋田)みのり豊かな出張秋田銀行の戦略的地域商社のお誘いで秋田の商談会に参加する。商談会とあわせて地元生産者の方々の生産現場の訪問のオプション付、とても興味深く参加した。ただし、予定では秋田新幹線こまち1号に乗り...
12/07/2024

地域ビジネス行脚(9)(盛岡・秋田)みのり豊かな出張

秋田銀行の戦略的地域商社のお誘いで秋田の商談会に参加する。

商談会とあわせて地元生産者の方々の生産現場の訪問のオプション付、とても興味深く参加した。ただし、予定では秋田新幹線こまち1号に乗り秋田駅に集合、朝6時台に東京駅で乗車しなければならない。いつもの生活リズムからすると5時間近く行動開始が早くなる。これはきつい。

思案していると盛岡の友人の顔が浮かぶ。盛岡に前泊して彼と吞もう。そうすればこまち1号の盛岡発は8時台後半、駅近くのホテルに泊まると私にとって無理が利くスケジュールになる。

彼は同市経済界の要職にあり、県内に止まらず国内外で活躍している。盛岡にいないことも多く、いても夜の会合が目白押し。ダメもとで連絡を入れると、彼曰く「ドンピシャ」でスケジュールが空いているとのこと。今回のビジネス行脚は出だしから運がいい。

夕刻に盛岡に入り地元通のおいしい店でごちそうになる。大いに騒がしく吞む。7・3で騒がしいのは私だ。弊店のスタッフは新婚夫婦やあまり酒に強くないこともあり、仕事明けで吞むことは全くなく、コロナ明けも一人吞みでばかりだ。そうした呑み方にすっかり馴染んでいたが、久しぶりの“昭和”吞みですっかり舞い上がってしまった。俺って、ずっと淋しかったんだなあ。友人に迷惑をかけた。が、出張のエンジンはブンブンと高まった。ありがたい。

翌日は無理なく秋田に入る。生産者の訪問先が大仙市内のため大曲駅で合流し、用意いただいた車で実査開始。ソーセージ製造業者、ジャンボうさぎ生産者、しいたけ生産者を訪問。ソーセージ製造業者は来日20年を超える本場ポーランド出身の方で県内では中堅の生産者、ていねいで食の安全を重視した製造の状況を知り、試食でいただいた製品はすこぶるおいしかった。初期投資やプロモーションの熱心さなど、大いに勉強となる。

ジャンボうさぎは食用とするもので、秋田ではうさぎ鍋を食べる風習があり、実際味はさっぱりとしていてクセがなく食材として使い勝手がいい。ただしうさぎを食べるイメージが湧かない。どうすれば市場が生まれるのだろう。聞けば実験用動物として飼育していたが需要が急速に減り、特にオスの需要は全くなくなったので食用事業に転換したとのこと。どうすればいいのだろう。経営学概論のもってこいのケーススタディ、百家争鳴で騒がしくするものの、現場経験のないトーシロにわかるはずがない。もちろん私にも答えはない。同行した中国料理、イタリア料理関係者は料理を考えてみるらしい。少しでも流通販路が広がることを願って止まない。

しいたけ生産者は脱サラの新規就農者。山の水源に近いところでしいたけ栽培を行なっており実際食べてみるととてもおいしい。しいたけマーケットはしっかり成立しており、多少マーケティングの色を付けて、融資を引き出す程度の事業計画立案はお茶の子さいさいで作れる。ただし私は金融関係者に引率された小売業者であり、ちょっと先人としての経験を話すだけ。あとは金融機関に頼って欲しいと話をまとめると、引率の若手金融マンはちょっと困った風情で目が泳いでいた。がんばれ、若者!艱難汝を玉とす。

夕方前にホテルまで送ってもらい、ちょっと休憩の後、一人吞みに出掛ける。勧められた居酒屋は盛り場からちょっと外れたところにあり、しかしいつも地元客で大いに賑わっている。予約しないとまずは入れない。今日は日中激しく雨が降った、開店間もない時間帯の一人客である、この要件で可能性を求め、えいやっと店に繰り出す。迎えてくれたホール担当はう~んとひとうなりしたのち、1時間程度であれば席ができるとのこと。今日はけっこう疲れている。ちょこっと飲めれば十分。実はジャンボうさぎ訪問時に、雨の中大きく転び砂利道で膝を打ち血は流れ大きなたんこぶができた。黒いズボンだったので目立つこともなくそのまま生産者訪問を続けたが実際はけっこう腫れ上がり鎮痛剤を飲んでいる。それで吞むのか!浅ましいジジイである。

店はとてもきれいでスタッフはキビキビと動いている。満席の客は4人以上のグループ客が多く、楽しげに賑やかに語り合っている。うるさくはない。騒がしくはない。賑わいが店内の活力を上げているだけ。秩序だった、マナーのよい酒場。正しく健やかな昭和の酒場を感じた。心地よい、疲れも相俟ってホテルでぐっすり眠る。

最終3日目は天気予報が外れ心地よい快晴。怪我した足も動きは悪いが痛みはない。商談会場へのシャトルバスに乗りに朝早くからホテルを出る。

秋田県の特産品は開業当時から数多く取扱っており、今回の商談会にブースを出している10以上の事業者さんはすでに取引済みの方々で、コロナ等でその後取引が細っていたケースも多く、ブース訪問時には旧交を温め合う挨拶から始まる。それだけでもとても楽しかった。加えて地元の魅力を十分に携えた特産品や事業性を重視した生産者さんが増えてきていた。東京で参加する商談会に比べると規模は小さいが、充実度は高い。十年の商店街オヤジの経験も捨てたものではなく、ブースごとに特産品や事業実態について踏み込んだ話ができた。参加してよかった。10月に予定する東北フェアではお客様に喜んでもらえる秋田特産品の品揃えはできそうである。意義深い商談会となった。

商談会の話しを掘り下げると際限がなくなる。フェアのMDの際に改めて触れることとする。

いまは帰りの新幹線のなか。とても静かで車窓からの風景も夜の暗さ。今回の出張を振り返るにはちょうどいい雰囲気。

また、明日からお店をがんばろう。

東京徘徊(東銀座)商店街小売店舗の生き延び方最近の土日は幸い好天に恵まれ商店街は多くの来街者で賑わっている。シャッター通りと揶揄され、商店街ではなく中心市街地というカテゴリーを打ち出して基本法を制定し、商店街を社会インフラとして位置づけ再生...
12/06/2024

東京徘徊(東銀座)商店街小売店舗の生き延び方

最近の土日は幸い好天に恵まれ商店街は多くの来街者で賑わっている。

シャッター通りと揶揄され、商店街ではなく中心市街地というカテゴリーを打ち出して基本法を制定し、商店街を社会インフラとして位置づけ再生支援を始めておおむね30年になる。ディベロッパーに勤めていた私が、社内提案制度に乗り商店街振興専業に手を上げたのもほぼ同じころであった。

もともと商店街の荒物屋の子供として育ったので、小売業者の生活のリズムやエートス、ニュアンスは体全体に沁みついている。商店街関係者との打ち合わせで、どこから論点を責められてもまろやかに「倍返し」できる。ディベロッパー勤務時代から地域商業を基軸に置いた地域振興をテーマとしており、コンサルティングファームに転職し、約20年間商店街振興を中心に関わった。

今は商店街のオヤジであるが、地域特産品流通振興が専業で商店街活動には関わっていない。しかし最近商店街での商業に関し思うところがある。考えを整理したく少し拙文を連ねたい。

商店街とは地域の人々が集うエリアに商業者が店を構え、店が増えることで一層人々が集まるという相乗効果が働き、地域の商業機能インフラとして成立する自然発生型商業集積である。商店街を構成する商業者、サービス業者が商店街という器を理解し、相互に協力しあって商業集積機能を高めて地域の人々から一層の支持を得て繁栄を続けることが理想であった。幸い、相互協力の問題意識や実践がなくても高度経済成長の爆発的な好景気を享受して商店街での商業は突風に後ろから押されるように成長を続けた。

ダイエーが小売業者として日本一の売上となったのは昭和47年(1972年)、年間1兆円の売り上げを果たしたのは昭和55年(1980年)、こうした急成長は1960年代から始まっており、商店街を構成する小売業者にとって“敵”として意識し出したのもこの年代であり、ここで初めて商店街は組織としてまとまり出したと思われる。

ただしこの時期の商店街組織は既存の小規模商業者の保護を念頭に置いた補助政策の受け皿として存在した。“好敵手”が現れたので自ら切磋琢磨し実力を上げてより多くの顧客から支持されるように努めたのではなく、商店街は“弱者”、“被害者”であり理不尽で無慈悲な敵から守られなければならない、モノを店頭に並べれば売れていった時代を再現し、これまで通り楽に儲け続けられるようにしろ!と凄み続ける。このころの商店街支援策は補助率が100%であり、商店街組織は根拠のない既得権者として振舞い始める。

この時期に少しでも危機意識をもって経営のあり方を考えれば商店街は地域の人々から支持され続けただろうに、と悔やまれてならない。“敵”であるスーパーや大型量販店も出自は同じ商店街である。努力と運と実力を爆発的に発揮し続けて一大流通事業者に成長した。商店街の店主は自らもスーパー事業者を目指すこともできたし、棲み分けを図り個別の専門店として顧客確保に努めることもできたはずである。商店街のレーゾンデートルをキチンと理解し、理想を掲げ、自律的な経営を推進する機会は十分にあったのである。

昭和30年代は商店街の店主のほうが企業勤めの人達より収入がよかったと聞いている。戦後の闇市からほぼ一貫して需要が供給を上回り、経済成長が社会の当たり前の基調であったため、ていねいに営業さえしていれば小売業はおおむねうまくいった。三種の神器(テレビ・洗濯機・冷蔵庫)や3C(カラーテレビ・クーラー・マイカー)など生活の向上をモノで感じる社会発展が続き、汲んでも汲んでも溢れ出る人々の物欲の泉に基づきうまくビジネス展開したのがスーパー、大型量販店事業者だった。

すべての小売業者にビジネスチャンスはあった。

たとえ販売競争に敗れても、敗者も生き延びることができるだけのパイのおこぼれがあり、そこそこの生活はできたので危機感を抱くことはなかった。私は昭和30年代半ばの生まれであり、“社会”を意識し出したのは昭和40年ごろからであったが、実家の店があった公設市場はいつも地元の人で賑わい、年末はまさに人でごった返す様であった。就学前でも商売人の子供は店での仕事を割り振られた。

商店街の“敵”が狂暴になったのは昭和40年代後半からだろう。

小売業の基本はお客様であり、お客様が喜んでくれることが事業に励む一番の動機だと考える。スーパーの創業者の話を読むと、多くはよりお客様に喜んでもらおうと考えて、仕事に精を出し、結果としてある程度大きな経営体となったと語っている。商売ほどありがたい仕事はない、販売に際して売り手側がありがとうというのは当たり前だが、お客様からもありがとうって言っていただける。こんな素敵な仕事はほかになく、まさに商売人冥利に尽きる。今商店街のオヤジである私もまったく同じ想いである。

スーパーや大型量販店が急成長により流通チャネルメンバーのトップとなり、バイイングパワーで他のチャネルメンバーを圧するようになってから、小売り事業の質(お客様への想い)ではなく量(より大きくなり、より多く儲ける)を目指すようになった。規模の拡大と市場占有率の増大が最重要経営指針となり、商店街の商業者に残されたおこぼれのパイはほとんどなくなる。目に見えて儲からなくなる。そこで商店街の商業者は新たに騒ぎ始める。商店街の商業者にとって自らを変革する機会はあった、自覚と努力を怠り、店舗経営は行き詰まる。まさにゆでガエルの法則そのものである。

地域の人たちからまだ商店街の店舗はなじみ客として支持されていただろうし、地域政治に対してもある程度の影響力はあったのだろう。このため商店街支援政策は補助率100%を前提とした。これに加えスーパーや大型量販店などの大規模小売店舗の出店は商店街をはじめとする既存の小規模商業者の経営を圧迫するとして、大規模小売店舗法(後に大規模小売店舗立地法に改編)により商店街商業者を疑似既得権者として位置付けられるようになる。本来、地元住民と深く交わり、心を通わす営業を強みとしてきたはずが、いかにも地元の権限者、利権者のように振舞えるようになってしまった。

このころから商店街の商業者の人相が変わる。商業者は相手を不快にさせない、楽しげな微笑みが基本である。お客様あっての商業である。しかし、補助金や疑似商業利権により収益の源泉は支援施策制度となってしまう。お客様を見なくても、暮らしていける。本来の商業者でなくなり、商業のあり方を忘れる。特に商店街のオヤジの人相は悪くなった。

悲しく、情けない事例は実体験としていくらでも語れる。キリがないし、愉快なものでもない。あえて一つだけ例を挙げる。地域商業振興、商店街振興の調査やコンサルティングを実施していたころ、国の地方局や自治体の依頼で、地域商店街との会合を設営することが多かった。商店街の現状を聞き、政策にいかに反映させればよいか、意見交換が目的の会合があった。

会場の設営にもっと工夫をすればよかったが、行政側と商店街側はそれぞれ対峙するような位置関係の席を設けると、商店街側の最前列中央に2人の高齢男性が座っている。会合が開かれる前から2人はすごく険しい顔で行政側を睨みつけている。

当方で会合の開始の挨拶をしようとしたら、高齢男性が大きな声を上げる。『あいさつはいい。今日は俺たちが満足できるどんな支援施策を持ってきたのか。そうでなければ商業者は全員帰る』会合趣旨はあらかじめ書面で提示しており、打合せの内容を反映した施策立案を進めることが目的の一つであることを確認の上会合への参加を促していた。最初に自分たちには多くの権限と利権があり、それを粛々と実施するのがお前ら行政だという関係性を作り上げたかったのだろう。少しでも相手(行政サイド)を怯ませたらこちら(商業者側)の勝ち、なにか商店街にとって都合のいいお土産をもらっていこう。わかりやすい組み立てである。

同様な会合で同様な商業者が同様な振舞いをしてくるので、同様な経験を数多く重ねており全く動じることはない。静かに、ていねいに、わかりやすく会合の目的と内容を繰り返し、繰り返し、繰り返し説明する。高齢男性ははじめ大きく荒い鼻息で肩をゆすっていたが、そのうち静まり、あとは予定通り会合は進んだ。一発目にガツンと騒ぎ、相手が怯み、慌ててあらぬ約束を取り付ければめっけもの、俺たちの役割は全うしたとのことだろう。意見交換には一言も話さなかった。

聞けば2人の高齢男性はそれぞれ主だった商店街の会長らしい。日ごろは互いに悪口を言い合う険悪な関係だが、こうした会合には疑似既得権商業者として一致団結するらしい。おそらく昔はお客様に親しまれる接客もできたのだろうが、今の面容では子供は泣きだし、犬は吠える悲惨なものである。店には立っていないだろう。

大手流通事業者がお客様にしっかり目を向けなくなって衰退を始めている。商店街はそのはるか前にお客様を見失い、お客様から見向きもされなくなった。地元に人達はシャッター通りとなって治安が悪いという話はするが、買い物に不自由するといった困りごとは話さない。いつの間にか“商店”街でなくなってしまった。若い人達は商店街という言葉自体知らない。テーマパークで「懐かしの商店街コーナー」を見て、お父さんやお母さん、おじいさんやおばあさんはこんな雰囲気のところで買い物をしていたんだ、といった「昔の暮らし」を学ぶ民俗博物館的楽しみ方をしている。

果たして商店街の再生は必要なのだろうか。必要だとしたら誰のために必要なのだろうか。

もともと商店街は商業機会を求めて商業者が集まってできたものである。商業者がより確かに、効率的に利益を上げるために商店街を形作ったと考える。つまり一義的には商店街は商業者やサービス業者の事業活動のためにあり、ゆえに商店街を再生する目的は商業、サービス業が収益事業として再び成り立つようにすることである。そして事業成立するためには、商業者、サービス業者が“ビジネス”の観点に立って基本的な経営手法(総務、経理、労務、法務、税務など)を理解し適切に実施することが求められる。

商店街が賑わった高度成長期は、商売人の感性に頼って商売を行ない、人口ボーナスと世界経済の拡張を背景におおむね生活に困らない成果を得ていた。商店街関係者は「近代的経営」を唱えていた研究者や経済行政関係者を商いの勘所を知らぬ輩の戯言と軽んじ、鼻で笑っていた。実際彼らは実業の機微を知らず、現場の人間の心に響く話はできなかった。理論と実務、学術と実践の間にある齟齬が、もっとも不幸な形で現われたものの一つが商店街である。

商店街の再生が商業者・サービス業者のためだとしても、最終消費者(お客様)に直接つながるため、商業者・サービス業者はお客様の役に立つことで利益を得ることとなり、お客様からの支持が必要である。つまりお客様は商店街の再生を強く望んでいるわけではないが、商業者・サービス業者がふさわしい販売活動、サービス提供活動をしてくれるのであれば、商店街の再生を支持してもよいと言う文脈になる。

商業者やサービス業者はお客様が求める商品やサービスをお客様が期待する価格と内容で提供することである。買い回り店舗中心の広域商店街であればブームを作り需要の上澄みをすくい取る商法も可能であるが、多くの商店街は周辺住民を顧客として日々の食料や生活用品を提供する最寄り店舗中心の商店街なので、地域生活の基本的需要にいかに応えていくかが肝要である。

研究者が唱える商業はアートか、サイエンスかの議論において、多くの近隣型商店街は明らかにサイエンスが基軸になると考える。対象商圏に内在する需要をいかに商品やサービスに還元してビジネスに転換していくかが事業の基本となる。サイエンスの極を具現化したのがコンビニエンスストアであり、本部(フランチャイザー)の圧倒的バイイングパワーと強権的加盟店(フランチャイジー)統治、好戦的出店ドミナント戦略を根拠として食品スーパーも成り立ちにくい小商圏にも出店し悪食に商業ポテンシャルを食い尽くす。食品スーパーがボディーブロウを繰り返して商店街を弱体化し、コンビニストアが最後のかわしようのないカウンターパンチを見舞って商店街をノックダウンさせた。

商店街の小規模商業者に活路はないのか。大手小売業者に対しては棲み分けの戦略しか残されていないと考える。

一つはストアコンセプト、つまりどんな商品をどのようなお客様に提供するか、輪郭をはっきりさせ積極的に打ち出すこと、典型的なニッチ戦略である。ただし思いつきやひとりよがりでは店は成り立たない。徹底的な専門性を持った知識と知恵を持ち、商品や生産地、生産者などについてあらゆる視点から問いかけられても質問内容を上回る情報を体系的に説明できなければならない。その際、商売人として応える、つまり自分が知っていることをひけらかすのではなく、お客様のニーズとワォンツを感じ取り商品の購買を動機付ける穏やかな説明力が必要となる。役職に乗っかり薄い考えで部下職員を指示することを習い性にした昭和時代のサラリーマン風情や年端もいかない若者(ジュベナイル)に社会のあり方を実務的経験・根拠もなく騙ってみせる社会科学系教員ではおよそできない高等スキルである。

ストアコンセプトに基づく店舗を確立することは天才的ビジネスセンス、天賦の才能が必要で、秀才性を高める努力を強みとする常人では成し得ない。情念に近いパッションを持って人生の過半を投じて成功するかどうか。画家や演奏家などの芸術家の運命に似ている。サイエンスの極にあるコンビニエンスストアと真逆に位置するアートの極がストアコンセプトを基軸に置く店舗である。

“触るな!危険”な店である。私ごときには到底挑戦できない店舗業態である。

もう一つは規模の棲み分けである。流通事業者の規模が際限なく大きくなれば、悉皆的にすべてを取り尽くすことができなくなる。巨体を維持するために効率的、収益性のある経営が求められ、大手流通事業者は生産量の小さい商品や取扱いが面倒な商品は対応できず、対応しない。このスキマに商品MDの中心に置くことで棲み分けができる。地域に多くいられるスタートアップの段階の生産者にとってこうしたMDの店舗業態はキンダーガルテンやエレメンタリースクールの役割を果たす。生産力を高め、より大きな市場に挑戦できるようになれば卒業し、その成長を心から祝う。少しだけ教師の喜びを感じることができるように思う。

弊店はこの店舗業態を目指してきた。コロナ禍が明け、少しずつ店舗運営の状況は整ってきたといえる。

こうした考えが小規模商業者としての活路に関する回答として間違いないだろう。ただし、一つの商店街においてこの業態は食品関連で1店舗、非食品関連で1店舗程度が適切であり、これだけで商店街全体の再生とは言い得ない。

ここで新たに商店街再生の議論を展開すると際限がなくなってしまう。長文を記したうえで加えてこのテーマを論じると、拙い思考力の更なる減衰により揣摩憶測の誹りを受ける。今回はここまでにする。

前々職の友人と東銀座で会食をした。一人が再雇用期間を途中で終え、完全にOBとなったことで、彼の近況報告がテーマとなった。完結した小宇宙のような企業に40年近くいたので多くの従業員は社外の世界に踏み出すとバランス感覚を失うことが多い。彼は個別の趣味を持ちリベラルな男なので問題ないと思うが、“洗脳”を解くには半年ぐらいはかかるだろう。平均寿命は伸びたが60才代の男性の体調不良、罹患、死亡は増えているとのことである。(本会の酔っぱらいの話)

元気に語り合い、吞み合える時間が続くことを願っている。

東京徘徊(大井町)法人税確定申告法人税の確定申告のため申告書類をまとめ税務署に提出してきた。引き続き都税事務所に出向き地方税に関わる申告も済ませた。法的に課された業務はこれで一段落、本腰を入れて本年度業務に取り組むことができる。優秀な経理ス...
15/05/2024

東京徘徊(大井町)法人税確定申告

法人税の確定申告のため申告書類をまとめ税務署に提出してきた。引き続き都税事務所に出向き地方税に関わる申告も済ませた。法的に課された業務はこれで一段落、本腰を入れて本年度業務に取り組むことができる。

優秀な経理スタッフがていねいに日々の経理業務を行なってくれて、4月半ばにはおおむね貸借対照表、損益計算書など決算資料はできあがっていた。残高試算表を作成し、伝票項目ごとに決算整理仕訳を行なって精算表をまとめた。弊社は小売を中心とした取引が中心であり、販売業務はすべてPOSレジに登録している。レジ登録そのものの間違いは日々の精算時に確認しその日のうちに対応するので問題は発生しない。コンサルティング業務も昨年度はそれほど受託件数は多くなく、それぞれにきちんと契約を交わしており、契約通り支払われている。経費についても質実な経営を反映した齟齬のない費用ばかりである。すべては振替伝票で経理処理をしており、経理ソフトで登録、集計している。年間の伝票数も数日もあればすべて見直せる程度のボリュームである。小規模事業者の強みである。特段の負荷はない。

税理士は使っていない。

昨年までは(一昨年度の確定申告までは)決算書をまとめたうえで、税務署に出向き税務署職員の指導の下、申告書類を取りまとめ申請していた。申告書類を構成するいくつかの別表書類を決算書から数字を取り出して順に書き込んでいく。別表書類を縦横無尽に行き来して、その都度数字を書き込むのだが、理屈は理解していない。少なくとも第三者に書類の意味合いを説明できない。経営コンサルタントを語っていた身としては恥ずかしい。

今年は確定申告書を自身でまとめ提出することとした。税務署のホームページには申告に伴う資料は掲示されており、申告書作成に関して(十分わかりやすいとはいえないが、がんばれば独力で理解できる程度の)作成の手引きがあるのでなんとかまとめ上げた。一旦書き上げたうえで不確かな箇所は国税の相談センターに問い合わせ内容を確定する。一応申告書の体裁は整った。

問題や課題が発生したとき、おおよその体系を理解したうえで細部の状況を把握しふさわしい検討と対応を行なうことを基本的スタンスとしてきた。対症療法的な対応は、うまくいく場合とうまくいかない場合がある、つまり問題解決の再現性に欠ける。老獪さを演じる齢には達しており、形を整える術は持ち合わせている。しかし、まだ経営を続けようと考えているので、毎年振り出しに戻って書類作成に取り組むのはなんとも情けない。今回の申請書作成は申告書の別表や勘定科目内訳明細書などを行き来する中で、なるほど申告書で何を明らかにしなければならないのか、少し理解できた。大づかみでも体系的な理解を深めようと思う。

実際、税務申告に伴う一連の業務で、改めて弊社の経営実態を理解することができた。申告書作成の意義は納税の義務以上に、近代的経営の遂行にある。強く実感する。やらされているのではなく、よりふさわしい経営において最も大事な業務の一つであると捉える。書類を取りまとめて実感した。経営者が経営を通じて顧客や利害関係者に対する責任を果たすためには、まず第一に取り組むべきである。経理スタッフが取りまとめた申告書案をフンフンと眺めて、表紙を示す文字のロゴタイプをもう少し太字にしろ、とかなんとかボケをかますのではなく、自らラフでもいいから申告書素案を作り、そこで把握した問題点を経理スタッフに投げかける。これぐらいのことはしなくてはいけない。間違っても税理士に丸投げはいけない。書類作成専業の税理士は不要であり、真に経営相談できる能力者を見つけ、活用する必要はある。

経営者はたいへんなのである。

「従業員は社長のオレの苦労などなんもわからないんだよなあ」とぶーたれて、スナックのママに「あらそうなの、社長さんもたいへんね」と言われながら鼻毛を抜かれて、「あちゃちゃ~」と言ってるくそジジイでは経営はできないのである。森繁久弥も、伴淳三郎も、フランキー堺も無理だ。小林桂樹も、加藤大介も、三木のり平も必要ない。ハナ肇や植木等、谷啓たちとともにスーダラ節もサラリーマンどんと節もゴマスリ行進曲も歌ったところで経営課題を解決しない。

今回の確定申告で改めて弊社の経営課題を突きつけられた。わかっていたけど目を瞑っていた。体重計に乗れない乙女を演じていた。健康診断結果を見てもバンカラを装い、無理に仲間と酒を飲みに出掛け、いっそう後悔しているポンコツオヤジであった。

今回の法人税確定申告書に基づき、初めて事業融資を申し入れようと考えている。当面は資金繰りに問題はないが、流通事業として業務範囲を拡大し、より地域振興に取り組みたいと考える。このためには確定申告書作成を通じて明確に把握させられた問題点をどのように解決し、事業の安定と拡大のためにどのような事業を展開していくのか、経営コンセプトに掲げる「地域振興」との整合性をいかに取るのか。弊社のこれまでの中期事業計画は社内に止まっていたので自己満足の範疇でしかない。金融機関等の第三者の目にさらされ、厳しく指摘されることでほんものの事業計画となる。事業融資に努める大きな理由である。

事業構想の要素はコロナ禍の頃から温めている。どのようなことをしたいと思っているのか、順々に着手し、お伝えできればと思っている。

税務署、都税事務所訪問の後は大型家電量販店や書店に出向いて、事業の具体化のネタを探した。一歩踏み出した気持ちがとてもうれしく感じる。

仕事はとても楽しいものの馬齢を重ねた分、けっこう疲れが出やすい。頭を休めるとき、ネット上にアップされている子猫、正確には赤ちゃん猫の動画を見て疲れを癒やしている。茶トラの赤ちゃんのぎこちない頑張りが私に力を与えてくれる。そよ風のようなシャーに励まされる。昔は犬党だったのだが、すっかり猫に魅入られてしまった。

書店では「吾輩は猫である」を見つけ思わず買ってしまった。栄養ドリンクか、ほぐし薬か。いずれであっても事業計画立案の合間に楽しむことにしよう。

気合いを入れるために、とんかつ屋さんで上ロースカツも食べた。久しぶりにとんかつ専門店で、昼吞みをした。弊店店休日なので背徳感はないが、妙な高揚感を感じてしまう。うふふと空気の抜けたような笑いがこみ上がる。

猫本にとんかつ、先に自分にご褒美を与えてしまった。もう、やるしかない!

*せっかく写真を撮ったのにとんかつの写真の行方が分からなくなりました。スマホの替え時かもしれません。

東京徘徊(戸越銀座)GW雑感小売業者は世の中が休みの時が書き入れ時、休みがてんこ盛りのGW(ゴールデンウィーク)期間は当然商店街オヤジも働きました。GWはずっと天気に恵まれ商店街来街者数はけっこうな数となりました。真夏日の日もありましたが、...
08/05/2024

東京徘徊(戸越銀座)GW雑感

小売業者は世の中が休みの時が書き入れ時、休みがてんこ盛りのGW(ゴールデンウィーク)期間は当然商店街オヤジも働きました。

GWはずっと天気に恵まれ商店街来街者数はけっこうな数となりました。真夏日の日もありましたが、幼子を連れても心配のない暑さなのでバキーの親子客が目立ちました。お子さんのはしゃぐ声は街に元気さ、優しさを与えてくれます。とても居心地のいい雰囲気となり、商店街オヤジもとても楽しく働くことができました。

営業成績の分析はこれからです。ただし、明らかに実感できることがあり、詳細な分析をしても基本的に変わらないと思いますので少し先走って感じたことを述べたと思います。

GW期間の売上について。前年対比で捉えると成績は不調です。実は昨年のGWはコロナ禍がほぼ終息といってよい状況にあり、弊店のある下町商店街でもプチリベンジ消費があったと思います。4月、5月は好調でこのままV字回復だ!と捕らぬ狸の皮算用をしていましたが、その後猛暑や景気懸念などですっかり低調に推移してしまいました。今年度も景気回復の実感は持てないでしょうから、稼げるときに稼いでおけと気合いを入れていました。しかし前年対比という相対的成績に止まらず、実際にどれだけ売れたか、絶対的成績にも不満に感じています。

原因の一つは商店街オヤジの戦略ミスです。

当商店街は食べ歩き商店街でコロッケや唐揚げ、焼き鳥などを食べながら商店街散歩するお客さんが多くいます。ショッピングセンターでは施設内に設置されたベンチなどで食べる人もいますが、食べ物を持ち歩く雰囲気ではありません。アパレルショップや洋品雑貨の店が多く、アイスクリームやたれのついた食品は商品を台無しにするので、これらを持ってお客様が店内に入らないよう厳しく見張っています。お店や店のスタッフの監視・入店拒否ビームがそこかしこから放たれており、お客様も否応なく感じて食べ歩く人はいません。

当商店街は店頭で食べ歩きの商品(コロッケ、唐揚げなど)を販売し、焼き小籠包やおでん(現在建替えで休業中)などマスコミによく登場する名物もあるため、けっこうな人たちが食べ歩いています。下町の雰囲気に満ちた気さくで敷居の低い商店街なので、立って食べる、ましてや歩きながら食べることに目を三角にして咎める無粋な人などはいません。食べ歩きのお客さんはとてもマナーがよくポイ捨てなどはほとんど見られません。たぶんゴミは持ち帰っているのではないでしょうか。弊店でも飲み歩きとしてジュースやお茶などのドリンクを買っていただいたり、アイスクリームやアイスバーを買っていただいたりします。暑さが増してきた最近は売れ行きが良く、お買い求めの際に薄いビニル袋をあわせて提供し、食べ終わられたらビニル袋に入れてお持ちいただければ回収させてもらいますよとご案内しています。いずれのお客様もたいへんうれしそうにされ、食べ終わったあとの処理に困っていて、そうした想いがマナーの良さにつながっているのだと実感しています。

商店街オヤジの戦略ミスは飲み物の内アルコールを飲み歩く、お酒吞み歩き客についてです。

当商店街のお酒吞み歩き客とは缶酎ハイなどを手に少し顔を赤らめて商店街をそぞろ歩くお客様のことです。ちょっとご機嫌な様子ですが、酔っ払って羽目を外すといったことはありません。とても楽しい酒の飲み方です。お酒を吞んでいるのは多くは男性で、ほとんどが男女のカップルでおそらくお連れは奥さんや恋人、たまに男性客のグループもいます。歩きながら吞んでいるので自分の酔っ払い度合いがよくわかりますし、なにより厳しい監視役がそばにいます。羽目を外すと、帰宅後こっぴどく怒られたり、恋人でいられなくなったりする恐れがあります。マナーの良さにはそれなりの理由があります。

商店街オヤジはGWの間、お酒吞み歩き客で大いに賑わうと目論んでいました。GW中、店頭では「春の行楽フェア」と題し、地域特産品の内、行楽のお供となる郷土菓子やおつまみ、お弁当の食材(ふりかけ、ちらし寿司の素など)を取り揃えました。特にお酒吞みを当て込んで、おつまみに力を入れました。ほどよい酔客は気が大きくなりちょっと値の張るおつまみにも手を出していただけます。横で奥さんが睨んでいても、その瞬間漢の沽券が沸々と湧きだし、「俺の小遣いだから、、、千円札でお釣りが来るから、、、」と小さく呟き買ってくださいます。私もその場面を見て「まだ日本に漢を語れる場面はある。正義は残っている!」と心の中でエールを送ります。オヤジ同士はこの時、同志(Товарищ/タワリシチ)になります。

商店街オヤジの仕事は漢の矜持を発揮いただく手伝いでもあります。

ところが今年のGWではお酒吞み歩き客がほとんど、と言うよりまったくいませんでした。勢い、おつまみは動かない、微動だにしない。弊店の取扱商品アイテムは最寄り品を指向しているので基本的に商品単価は低いといえます。その中でおつまみは高単価な商品となります。おつまみのお客様はほぼお酒吞み歩き客といってよく、お酒吞み歩き客の数とおつまみの売上高は極めて強い相関性があるので、結果おつまみの売上高は予算を大きく下回ります。売上予算の構成比率の高いおつまみカテゴリーの売上が厳しいため、店舗全体の売上高も厳しく推移しました。

オヤジ達はどこに行ってしまったのか。地下に潜ったのか。彼らに再び漢を語る日は来るのだろうか。

商店街オヤジはその日の再来を小さな店のレジ台にいて待ち続けます。

東京徘徊(川崎・鹿嶋田)イトーヨーカドー30数年ぶりの株高や円安で舞い上がったりふさぎ込んだり、なんとも経済ニュースの論調は定まらない。下町商店街の最寄り品店の商店街のオヤジが蛙観の目線で感じるのは、人々は消費に極めて堅実になっているという...
02/05/2024

東京徘徊(川崎・鹿嶋田)イトーヨーカドー

30数年ぶりの株高や円安で舞い上がったりふさぎ込んだり、なんとも経済ニュースの論調は定まらない。下町商店街の最寄り品店の商店街のオヤジが蛙観の目線で感じるのは、人々は消費に極めて堅実になっているということ。

以前の株高(バブル期)のように借金も財産と言わんばかりの熱狂的な消費はなく、円安に伴う価格上昇を唯々諾々と受け入れ家計の範囲内で買い物を楽しんでいる。特にこれからの人生時間の長い若者は無理をしない。商店街観光としてデート中のカップルのほとんどが買い求めるのは缶ジュースかペットボトル、二人で仲睦まじく1本を分け合って飲んでいる。洋々たる未来を抱くべき若者に謙虚で堅実な生き方を強いている。こうした状況を生み出した世代の一人として大いに申しわけなく感じている。

心の晴れない話を続ける。最近の経済ニュースの中でイトーヨーカドー(セブン&アイホールディングス)の経営不調である。以前、Jリート関連で商業施設に関するデューディリジェンス(収益性分析)に携わっていた。取り扱う商業施設の多くは営業不振で二束三文と見なされるものが多く、そうしたバルク商業施設の中から再生可能性のあるものを見つけ出し収益物件として売り出す、またはリートの組成物件に組み入れることを目指していた。

GMS(大型総合スーパー)の成長が過渡期に差し掛かった時期だった。当時業界で覇を競い合っていた大型流通業者は大きく2つに区分できた。

一つは事業規模を拡大することで流通チャネル上のパワーポジションを高め一層の成長を図るもので、地方に群雄割拠する中堅スーパーを買収、吸収合併したり、巨大な大型店舗をすごい勢いで新規開店したりして成長に努めた。事業拡大には当然資金が必要となるが、土地神話が喧しい時代であり、新規出店した土地を担保として更なる借り入れを起こす方策を取っていた。バルクに含まれる商業施設の営業状態を精査すると、商圏調査を行わず、詳細な販売計画も立案せず、単に土地を購入する方便として商業施設を設置するものも見受けられた。施設運営会社は商業者ではなく、不動産投資業者(あるいは投機業者)になっていたのである。

これに対して自社のアイデンティティをあくまで商業者であることに置き、コツコツといかに消費者、地域市場に受け入れられるかを考え精励していた大手流通企業もあった。土地を取得せず、商業事業に投資する健全な企業である。イトーヨーカドーはその代表格で、生真面目すぎる店造りにすこし物足りなさを感じたが、その誠実で堅実な雰囲気は多くの消費者に安心感と信頼感を与えている。商業者の誉れであり、企業として尊敬し、憧れる存在である。

そんなイトーヨーカドーが苦境を呈している。商業業態としてのGMSをオワコンとして一括りに断じるコメンテーターもいるが、極めて不快に感じている。商店街の小さな店のオヤジからすると、GMSが取り扱う商品アイテムは想像を絶するボリュームであり、それを齟齬なく運営し、心地よいショッピング空間にまで昇華させているのである。施設内のあらゆるところに“奇跡”が存在し、夢の世界を現出している。歴史ある聖堂を訪れるとき人々は法悦を感じるがごとき心の高揚を私はGMSに感じる。特にイトーヨーカドーのすばらしさは群を抜いている。

経営苦境の理由はいろいろある。天性の商人である創業者の意思を現経営陣がふさわしく継承していないという指摘もあるが、個人の意思を隅々まで染み透らせるにはあまりにも組織が巨大になりすぎた。規模の拡大戦略一辺倒はこれからのビジネスには適合しない。ビジネスの基本理念に基づき、適正と思われる規模までは拡大を目指し、その後は到達した規模のもと、経営の質を高めることに努める。企業経営は成長の時代から成熟の時代に局面は変わってしまったと思う。ホールディング会社ではイトーヨーカドーの事業分割を検討しているようだが、GMSとしての業態を適切に見直し、“心を込めて”営業するうえではふさわしいことと考える。

経営苦境の本質は流通業界の変化にあることを懸念する。流通機能を構成する4本柱(商業流通、物的流通、金融流通、情報流通)の相互のバランスが崩れ、商的流通の社会的役割、社会的あり方がかなり脆弱になっている。物的流通は業務量の限界を問われ、金融流通は長期に渡る経済低迷でリーダーシップを取れなくなった。一人活況を呈している情報流通だが、情報化(DX化、ICT化)すれば物事は解決するかのような短兵急は考えが蔓延しているように懸念する。商的流通だけでは解決しない、流通の各機能は争い合うのではなく協調し合って社会を高めていかなければならない。これは一国の政治や経済の課題であるが、業界を構成する個々の事業者も俯瞰した観点も併せ持って当事者として事業に取り組むことが求められていると思う。

個人的にはこれからもイトーヨーカドーには創業の理念を旗印に活躍してほしく、商業全体をリードしてほしいと考える。あえて余分なことを言うと、生真面目さに加えてちょっと可笑しみのある店づくりをしてほしい。その方が来店するお客様の気持ちがほぐれ、店とお客様が一体化する。関西でいう“いちびる”、“おちょける”とか“ちょっとあほする”というニュアンスである。(多分大阪以外通じにくいように思う。)“隙(スキ)がある”があるといえばよいか、緩急の「緩」のあるゆるみもお客様の居心地を高めると考える。

ちなみに弊店ではスタッフからゆるみが多いと指摘されている。これは店主オヤジの性格なので仕方がない。意図したものではない。ゆるゆるオヤジでごめんなさい。

この春再雇用期間を早めに終えて退職した友人と会食をした。前々職の勤務先が開発した高層マンションの近くまで伺い、中華料理で楽しい時間を過ごした。道程で同じく元勤務先が開発運営をしている商業施設に初めて立ち寄った。少し自分の職歴を振り返る機会ともなり、今の商業施設の状況を考える機会にもなった。

しっかりと考え、できることをきちんと取り組んでいく。大切なことを再度考えることのできた一日だった。ありがたいこと、このうえない。

東京徘徊(西早稲田)中華まんじゅう実は弊社は一級建築士事務所を兼ね備えている。5年に一度、事務所登録の更新をしなければならず今月手続きを行った。業法上、看板を掲示しなければならず、関心のある方からは「ここは設計事務所なんですか」と声をかけら...
27/04/2024

東京徘徊(西早稲田)中華まんじゅう

実は弊社は一級建築士事務所を兼ね備えている。5年に一度、事務所登録の更新をしなければならず今月手続きを行った。業法上、看板を掲示しなければならず、関心のある方からは「ここは設計事務所なんですか」と声をかけられることがあり、その時だけ自分が建築士であったことを思い出す。

一枚の設計図面も描いたことがない。別段、自己顕示のための“作品”を作りたかったわけではない。以前、不動産の収益性分析を行っていた。多くの建物が過剰な施工投資を求め、維持管理に不向きな造りになっていることに不満を感じ、そうした設計をする建築士とはどんな内容を理解し資格を得ているのか確かめようと受験したら合格した。

関心はビジネスの器としての建物に関する、ふさわしい建築投資とオペレーション上の維持管理費である。建物は事業をする上での道具にすぎず、働く人にとって働きやすい環境を提供するだけものであり、経営者にとっては生産や販売において適切な費用で収益を上げられるものでなければならない。

あえて私が関わる分野をあげると、ビジネス全体を計画し、売上と運営の最適解としての設計を行う、店舗設計や厨房設計がメインとなる。

コロナ禍が明け、(次なるパンデミックの端境期かもしれないが)少なくとも今は経営上の制約はなくなった。いろいろとチャレンジできる。地域特産の加工食品を主に取り扱ってきたものの、もう一段踏み込んだ情報発信、販売促進を行いたい。パン屋でいえば大手メーカーが作る袋物のパンを売るばかりではなく、自店でパンを加工して販売したいという感じ。地域の特産品の魅力を、地域の生産者に委ねるばかりではなく、直接消費者と接することのできる弊店の特徴を活かして自ら調理加工したものを提供して地域特産品のポテンシャルを的確に把握し市場化したい。そんな欲が湧いてきた。

今の店舗にあるミニキッチンでは本格的な店舗内での調理はできない。ビジネス計画を練り、これに応じた店舗・厨房設計が求められる。まずは自らのモデル設計をする。自らの施設なのでクライアントによる制限はなく、格段にワクワクしてきた。

店舗設計はできる。オペレーションを10年以上行ってきたので、運営に支障のない店舗設計には自信がある。事業収益を勘案した適切な施工投資に基づく設計である。

厨房設計は自信がない。理屈は多少理解しているが、調理人が心地よく調理できる感覚は実感できていない。調理設備そのものも実感できていない。厨房を見ることのできる飲食店では、いつものぞき込む変なおじさんを演じ続けてきたが、事業計画、設計計画に展開するに至っていない。

飲食ビジネスの事業計画に関しても知識も実務経験も不足している。調理作業、食材調達・保管、事業収支、法的手続きなど、ツルツルと考えが組み上がらない。以前、飲食事業と厨房設計のテキストを買っていたので、改めて読んでみよう。

実務経験の手掛かりとして、中華まんじゅうを店頭販売してみよう。現行の店舗設備でも販売可能である。地域特産品を活かした中華まんじゅうのレシピを考え、OEMで加工委託し、店頭で蒸かして販売する。幸い、商店街は食べ歩き商店街として名を馳せており、参入のハードルは低い。心の中で「やってみなはれ」、「やらまいか」の声が響く。

今年の夏はさらなる猛暑が予想されている。アーケードのないオープンモール商店街は猛暑にも弱い。昨年の夏も厳しい暑さで相当低調に終わった。無謀な挑戦は考えものだが、傍観は商業者のエートスにない。

決算業務も完了し、昨年度に関わる残る業務は納税申告のみ。すべては今年度業務に切り替わった。チャレンジを続ける事業年度にしたい。

東京徘徊(浅草)春に想う4月に入り弊社の決算業務を進めている。弊社のビジネスは、流通事業とマーケティング事業の2本柱である。流通事業は弊社においてもっとも業務量の多い事業で、実店舗での小売販売とネット環境を用いたBtoC(ネット小売販売)と...
19/04/2024

東京徘徊(浅草)春に想う

4月に入り弊社の決算業務を進めている。

弊社のビジネスは、流通事業とマーケティング事業の2本柱である。

流通事業は弊社においてもっとも業務量の多い事業で、実店舗での小売販売とネット環境を用いたBtoC(ネット小売販売)とBtoB(ネット卸販売)を行っている。ネット環境を利用した事業はコロナ禍の下でビジネス強化のために着手したものだが十分なビジネス成果には至っていない。コロナ禍が収束したのちは実店舗販売の立て直しを一番の課題として事業活動している。

マーケティング事業は弊社が経営コンセプトに置く地域振興に関わるものである。弊社のマーケティングの特徴は、実店舗における実証検証にある。マーケティング理論ももちろん活用するが、実売を通じてお客様からの実際の評価を得て地域特産品の生産・流通の改善・強化を目指す。このため実店舗での小売販売の状況を整えることが肝要となる。売上の悪い店ではしっかりとしたマーケティング調査はできない。コロナ禍前まで順調にお客様から支持を得る店舗へと展開していたのであるが、やはりコロナ禍の悪影響は極めて大きく、昨年度の小売業務はコロナ禍前の状況には戻っていない。今年度、更なる小売ビジネスの再構築を果たさなければならない。

決算に関わる数的業務に関しては経理に明るい優秀なスタッフが加わってくれたことでスムースに進んでいる。流通事業における販売業務はすべてPOSシステムを通じて行っており、仕入れに関してはオンライン上での支払いとなる。マーケティング事業はクライアントが商工会議所や自治体・外郭団体が中心であり、契約を締結し、業務完了後業務検査を受けるので経理上齟齬は発生しない。利益処理、剰余金処理に悩むほどの事業収支に至っておらず、決算内容の確定は今週中には終えることとなる。

事業決算は本来自らの経営実態を知り経営改善に努め経営目標を実現するための最重要情報である。しかしこれまでは税務申告のためだけにまとめてきたといえる。ぎりぎりまで腰を上げない情けない性分で、法に決められた申告・納税期日までに何とか間に合わせるばかりであった。売上と仕入れに関しては日々の業務を通じてデータ上集計されており、経費は事業活動に強く関わり証憑があるもののみを保守的に計上する、5月に入りたまった領収書について計上の是非を判断し、数日掛かりで集計する。税務申告書に書き込み、申告期限の数日前に税務署に予約を入れ、面談を通じて申告書類の過不足を確認し、その場で申告手続きを完了する。できの悪い小規模事業者の典型である。

決算内容は経営判断の最重要情報である。この当たり前のことを自らの経営において実施していなかった。経営コンサルティングを業としてきた身としてはとても恥ずかしい。消え入りそうな気持ちになる。ただし、昨年度はスタッフのおかげで月次決算も把握できるようになった。長足の進歩である。決算内容から事業性分析を行い、事業改善に努め、更なる事業展開を目指す。テキストを通じた“お勉強”ではなく、リアルに収益に反映される。経営者の醍醐味はここにあるのだと実感する。

きちんとした決算業務は企業経営では当たり前のことだが、弊社においてはより一層重要な理由がある。

弊社は今年度設立後13年目に入る。昨年度の決算資料の表題が「第12期」となっているのを見て、改めて年月の経過を実感している。

前職のコンサルティング会社で受託していた特産品販売施設(後に道の駅となる)の開発と経営指導業務を継続して受託する状態で独立した。コンサルティング専業の業務形態で、十分にやりがいを感じていた。自治体からの受託業務だったので委託先が法人であることが望ましいと考え法人化したが実態は個人事業に近い状態であった。開発・経営指導業務も施設業務がうまく立ち上がれば運営組織が主体となって運営を展開し、当方はフェードアウトしていく。できるだけ速やかに、スムースに業務を移管しフェードアウトすることがコンサルタントの腕の見せどころである。

その後、コンサルティングの依頼があればそれに応じ“ぼちぼち”やれればいい。なければ地域振興の在野の研究者として“ぼちぼち”研究するのも一興。実際、大学院博士課程後期に在籍し、現場調査や資料集めを手掛けていた。さしたる仕事もなくなり、何らかのまとまった研究発表ができたら、会社を閉じて余生を愉しむ。華美な暮らしを好まない性分なので、十分に算段できる人生計画だった。

しかし特産品販売施設のコンサルティング業務が私のもう一つの性分に火をつける。やはり社会の一員として協力し合う仕事がしたい。理屈をこねるばかりでなく、実際にやってみる。澄ましていれば経験しなくてよい苦労もあるが、成果を関わった人たちと共感できる幸せは何ものにも代えがたい。いつまで寿命が続くかわからないが静かに生きるばかりではちょっと退屈だ。「やってみなはれ」「やらまいか」精神が沸々と湧いてくる。

商店街の荒物屋の家に生まれ、就学前から店に立ち小売の手伝いをしていた。年末に、たとえば餅焼き網や祝い箸の売り場に立って販売を担当する。お客様から網を何枚、箸を何膳欲しいと言われると、簡単な計算をしてお金を預かりレジに出向いて清算し、お釣りと商品を渡す。そのプロセスで、大阪の子供らしくちょっとませた、商売っ気のある受け答えをしてお客様を喜ばす。実際はさしたる内容ではないが子供がしゃべっているだけで喜んでくれる。時代は昭和のど真ん中、児童労働の誹りは不要、お客様も子供もいずれも楽しい想いで過ごしている。

そんな心地よい経験が重なっており、実業としての小売店舗に参入する。地域振興業務で培った全国の縁故の方々、ネットワークを活かして地域特産品を扱う。講釈をこねると、最終目的は地域特産品の生産・流通の促進を通じた地域産業振興である。その最前線である消費地(消費市場)での小売販売を通して流通と市場に関わるマーケティング分析をし、分析結果を地域にフィードバックして特産品の商品性を向上させ、市場の拡充を図り、地域産業の基盤を確かなものにする。

小売店舗を開業すると大きく局面が変わる。商取引の関係者は増え、業務範囲が格段に拡がり多岐に渡ることで新たにスタッフに加わってもらう。つまり一人親方業務だったコンサル業務、研究業務から、関係者との間で継続的な協業の役割、義務と責任が発生する実業へと移り変わる。ゴーイングコンサーンを前提とした協同ビジネスとして成立しなければならない。

弊社のビジネスとしての実態は課題が多いが、スタッフや商取引の関係者などから協力、支援を受けて改善と続けており、成果は具体的に上がってきている。

そんななか、最も大きな課題となって迫ってきているのが、ゴーイングコンサーン、実業としての事業の維持・継続の確保である。一人親方業務からの脱出を図っているが、現状はまだまだ私自身の業務経験と培ったネットワーク、仕事の特性・キャラクターに大きく色付けられている。財務状況も市中借入はないが、役員借入、つまり私からの足し前で均衡している。

今回の決算業務では、弊社の業務実態を整理し、真にビジネスを行なう実業企業としてあり方を明確にしなければならない。ビジネスモデル化を進め、弊社のスタッフが外部の関係者(ステークホルダー)と協同して地域振興に資する役割を果たせる状況を整えなければならない。

ゴーイングコンサーンにおいて最も重要な要素はヒト、すなわち共同事業者、後継者であり、カネ、すなわちビジネスチャンスに挑めるだけの安定的な規模の資金繰りとなる。一緒に事業に取り組んでみたいと思えるビジネスモデルの構築が強く求められる。

特に共同事業者、後継者の課題は切実であり、喫緊である。会社設立、店舗開業後のこれまでの十数年間の気力、知力、体力をこの先の十年間も維持できるか。日本という経済基盤は引き続き脆弱化が進み、経営環境は厳しさを増すと捉えている。それゆえ、地域産業振興の重要性、多様性と協同性が求められ、弊社の目指す役割は高まると考えるため、私の“生命体”としての衰えをカバーし、それ以上の発展を進めてくれる仲間が必要である。

一人親方業務であれば私自身が楽しい仕事でこと済む。しかしともに働く仲間を募るにはそれぞれに働き甲斐を感じてもらえる仕事に仕上げなければならず、長い期間働き続けてもらうためには長期にビジネスとして継続できるゴーイングコンサーンの事業根拠を示すことが求められる。

これからも社会情勢は変わり、経営環境は変化し続ける。ローリングプランなり、コンティンジェンシープランなりの準備が必要だが、まずは大本のビジネス基本プランが大切である。経営課題が発生すればビジネス基本プランに立ち返り、更なる経営発展を志すときはビジネス基本プランに立ち返り再編集して朝鮮の方向性を明らかにする。

今回の決算業務は決算自体がゴールではなく、決算内容を起点としてビジネス基本プランを策定し、ヒトとカネの整備を図るスタートラインとなる。今年は来し方十年余を振り返り評価して、行く末十年を考え挑戦を始める大きな分水嶺となる。十年後、新たに参画する仲間がやりがいを持ってまち実践社という会社を動かしてくれている、活躍の様子を静かに眺め心穏やかに過ごしている、そんな夢と志の始まりである。

なんだか心がとてもあたたかくなってきた。人生の春は続く。

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